やまぐち幕末ISHIN祭

スペシャルインタビュー vol.8

山口県では、平成30年の明治維新150年に向けて、「幕末・維新」をテーマとした観光キャンペーン「やまぐち幕末ISHIN祭」を展開中です。山口県の歴史・文化的価値のある文書調査などのアーカイブズや文化財保護といったさまざまな分野を経て、今あらためて県立山口博物館の学芸員として、本県の歴史の魅力を、新たな見せ方を提示することなどを通して、多くの方に楽しく分かりやすく伝えることに取り組んでおられる山田稔(やまだ みのる)さんにお話をうかがいました。

――― ご専門は日本近世史・地図史とのことですが、歴史には子どものころから興味をお持ちだったのですか?

山田さん:歴史だけは得意でした(笑)。でも、学生の頃は、歴史は記憶するものと思いがちですよね。でも、実はそうじゃない。就職して、文書館や博物館、文化財保護行政などの現場に立つと、世の中には、教科書の枠を超えた、さまざまな人々の暮らしや歩みを示す文書・記録や歴史資料が、実にたくさん残っていることが分かりました。また、これら生の資料に触れる機会が増すにつれて、歴史は人々の多様な営みの集積であり、広い視野をもって、慎重かつ深く見ていかなければならないと感じました。同時に、これらの資料が持つ多彩で魅力的な情報を、多くの人々に紹介したいと強く思うようになりました。

――― 県立山口博物館は、明治45(1912)年創設の長い歴史をもつ総合博物館ですし、昭和34(1959)年創設の山口県文書館は、旧長州藩主毛利家から山口県へ藩政時代の文書である毛利家文庫が寄託されたことに始まる “日本で最初の文書館”(※1)。豊富な歴史資料があることは山口県の誇りですね。

山田さん:山口県にある歴史資料は、全国的に見ても、質・量ともに優れています。山口県に貴重な資料が数多く残っている理由の一つに、長州藩が代々の藩政記録をきちんと残し、維新後も東京の毛利家編纂所において、しっかりと保存管理されていたことがあげられます。また、長州藩が明治維新の一翼を担ったこともあり、維新関係資料の充実ぶりが目を引きます。このような先人たちの努力のおかげで、現在の我々は豊富な歴史資料に恵まれ、研究の可能性は無限に広がっています。一方、研究で得た知識や情報を多くの方たちに伝えるとともに、歴史資料保存の重要性をしっかりとアピールすることが学芸員の役割ですが、それは本当に難しいことです。例えば、展覧会を開催するときは、魅力的なテーマ設定はもちろん、展示構成やディスプレイに工夫をこらし、皆さんに興味関心を持って、楽しんでもらえる内容にしなければなりません。勉強だけではだめで、実践が大切です。これは松陰先生の教えにもあることですね。

――― 山田さんは、2015年NHK大河ドラマ特別展「花燃ゆ」で、その企画委員として、山口・東京・前橋会場の展示を企画されました。どういう方針で臨まれたのですか?

花燃ゆ展_ポスター_1212b

山田さん:この展覧会は、ドラマの主人公・杉文(楫取美和子)の生涯を歴史資料でたどるとともに、長州藩幕末維新史を紹介するものでした。今回の企画委員のメンバーには、維新資料を多数所蔵している県立山口博物館、萩博物館、下関市立長府博物館の3館の学芸員が加わっており、また、山口県文書館や松陰神社宝物殿「至誠館」の全面的な協力も得て、一級の維新資料がずらりと並ぶこととなりました。これはまさしく関係機関のチームワークの成せる業でしたね。そのおかげで、来館者の満足度は非常に高く、展示物が解説されている図録の購入率も高いものとなったんですよ。

――― 満足度が高かったというのはうれしいですね!来館された方の感想は?

山田さん:「山口県にこれだけの歴史資料があるとは知らなかった」「有名な資料がこんなに展示されているとは思わなかった」「こんなものがあるんですか!」という驚きと賞賛の声を多数いただきました。また、企画に当たり、ぜひ見にいこうと思ってもらえる「目玉」を作ろうと、企画委員みんなで幾度も話し合いました。初公開資料はもちろん、新しい研究成果を出す、それが展覧会の重要な役割ですからね。その一つとして、現存する6幅の「吉田松陰自賛肖像(※2)」を、史上初めて勢ぞろいさせよう、と提案したんです。肖像を描いた松浦松洞(まつうら しょうどう)も、松陰自身も、6幅を一堂に集めて見たことはなく、しかも、その6幅を萩に里帰りさせて勢ぞろいさせよう、と。それが所有者の皆様の格別のご理解あって実現し、6幅がずらりと並んだ姿は感慨無量でしたね。それに実物を6幅並べて見たからこそ気づいたこともありましたし…。

――― 山田さんは以前、その6幅を一つずつ所蔵先で見て調査し、論文を書いておられますね。それでも特別展で並べて見たからこそ、気づいたことがあったのですか?

山田さん:杉家本(松陰神社蔵)と吉田家本(山口県文書館蔵)の2幅は、表具の仕様がよく似ており、ほぼ同じ時期に表装したものと考えられます。また、肖像や賛の筆致の細かな異同も、実物を比較して分かることですね。やはり、杉家本と吉田家本が、作品の双璧ですね。一方で、さまざまな推測も可能になります。松陰が賛を入れた日は確認できますが、肖像はそれぞれいつ描かれたものなのか…。松洞は、松下村塾時代から描き始め、最後は野山獄中の松陰を訪ねて描いていることが分かっています。では、描いた順はどうなのか。料紙を見ると、杉家本と吉田家本のみ絹本で、他の4幅は紙本です。当初、自賛肖像は、杉家と吉田家に贈る予定でしたので、絹本の2幅が「本番用」として描かれたものと見ることができます。残りの4幅は、自分たちにも自賛肖像をもらおうとした久坂玄瑞や品川弥二郎たちが松洞に、ほかに肖像はないか、と頼んだものでしょう(笑)。

――― 面白いですね!ところで、特別展の企画を通して、どんなことを伝えたかったのですか?

山田さん:県外で、幕末長州藩関係の歴史資料をまとめて展示できる機会はめったにないですからね。このチャンスに、全国の人に長州藩の歴史を紹介しよう、“長州プライド”を示そうという意気込みで挑みました。また、皆さんの反響や感想を見て、明治150年に向けた企画のヒントを得たいという思いもありました。さらに、大河ドラマ「花燃ゆ」が伝えたかったのは、人と人との繋がりの大切さであったと思います。種をまき、人を育てていくこと。自分たちも特別展を企画する中で、あらためて長州は「人が宝」だと思いました。今後も、人物に焦点をあてた展覧会を企画していきますので、ご期待ください!そのためにも、歴史資料を存分に利用することができ、情報を得られる文化施設を充実することは大切ですし、それらを守り・伝え・活用できる人材を育てていくこと、観光など関係分野と連携を図っていくことも大事です。山口県にはそれだけの材料がある。それらをどう仕立てれば、県内各地の“現場”へ行ってもらえるようになるのか。学芸員の責任は大きいですが、やりがいもありますね。

――― 山田さんは以前から、江戸時代の「絵図を片手に街を歩こう」を提唱しておられますね!

山田さん:山口県には、長州藩絵図方が製作した、美しくて詳細な絵図がたくさん残っています。たとえば、防長両国全550余りの村ごとに作られた絵図「地下上申絵図(じげじょうしんえず)(※3)」があります。これらは村ごとに村境に沿って切り抜かれたユニークな形をしていて、ジグソーパズルのようにつなぐことができるといわれていました。そこで本当にそうなのか試してみようと昭和61(1986)年に実物(長門国部分)をつなげてみたことがあるんです。果たして、長門市向津具(むかつく)半島から萩市田万川(たまがわ)まで、直線距離で約19メートル!超巨大な絵図が完成しました。このほか、江戸幕府へ提出した周防・長門国絵図の控本や、伊能忠敬の「大日本沿海輿地全図」(伊能大図・周防長門部分)」の副本、「萩往還」をはじめとした主要街道と沿線の状況を描いた「行程記」など多種多彩な絵図があるんです。これらの絵図をうまく活用すれば、誰でも簡単に江戸時代へタイムスリップすることができますよ!

――― 山口県では、絵図を使ったまち歩きを案内する観光ボランティアの皆さんを育成する取り組みが進められていますね。何かアドバイスをいただけませんか?

山田さん:今何が残っているということだけではなく、江戸時代の空間を、絵図を通して想起してほしいですね。絵図に川や水路があり、現在の位置にそれが見当たらなければ、暗渠になっていないか探してみる。なぜ水路が引かれたのかを考えてみる。絵図に番所(※4)が記されていたら、なぜそこに番所が置かれたのかを考えてみる。まちの成り立ちを考えてみる…。それを考える助けとなるのが歴史資料です。役に立つ資料にどのようなものがあるのか、博物館や文書館、図書館などの専門家のアドバイスを受けながら、各自のアイデアを練っていくと効果的ですね。

――― 江戸時代のすべての村の絵図があるのは、山口県の魅力ですね!

山田さん:歴史資料や文化財は、みんなで守っていくと同時に、どう活用すればいいかをそれぞれの立場で考えていくべきものだと思います。松陰が言った「草莽崛起(そうもうくっき)(※5)」のように、一人ひとりが我が山口県をPRし、住みよい山口県にしていこう、と。平成30(2018)年に明治150年を迎えるのを機に、地元にある文化資産を見直し、みんなで種をまき、育てていくといいですね。

――― 今年1月に萩では「萩・世界遺産ビジターセンター 学び舎(まなびーや)(※6)」がオープンし、3月24日(木曜日)には岩国で「岩国シロヘビの館(※7)」、秋には下関で現在休館中の下関市立長府博物館のすぐ近くに新博物館がオープンと、歴史に触れることのできる施設の整備が進んでいます。また、絵図を片手に歩いて江戸時代の各地の姿や暮らしに思いをはせ、タイムスリップを楽しんでいただけたらうれしいですね!

※1 昭和34(1959)年開設。現在、約50万点の文書などを収蔵。
※2 「安政の大獄」によって松陰が萩から江戸へ護送されることになった際、門下生の松洞が描いた肖像画に松陰が自ら賛文を書き入れたもの。複数作られ、それらは久坂玄瑞(くさか げんずい)ら4人の門下生と、松陰の実家・杉家、松陰が養子に行った吉田家に渡された。
※3 萩藩絵図方(えずかた)によって1700年代中心に製作されたもの。「地下図」と「清図(せいず)」の2種類があり、特に清図の方は美しく彩色され、一村ごとに村境に沿って切り抜かれている。
※4 交通の要所に設けられ、通行人などを見張った。
※5 大衆の有志が立ち上がって日本を変えるべきだといった考え。
※6 映像やアニメーションなどを通して、明治日本の産業革命遺産を分かりやすく楽しく学べる施設。会場は旧明倫小学校体育館。
※7 国の天然記念物に指定されている岩国のシロヘビについて、江戸時代からの歴史を映像などを用いて紹介するとともに、生体展示や、クイズ・ゲームなどを通じてシロヘビの不思議などを知ることができる。

山田 稔

山口県立山口博物館 学芸課 主査。
宇部市生まれ。山口県立山口博物館学芸員、山口県教育庁文化課文化財専門員、山口県史編さん室専門研究員、山口県文書館専門研究員を経て現職。現在、山口県史編さん執筆委員・調査委員、山口県立大学非常勤講師なども務める。2015年NHK大河ドラマ特別展「花燃ゆ」企画委員も務めた。専門は日本近世史・地図史。絵図関係の著作に『絵図で見る萩の街道-萩往還・石州街道・赤間関街道-』(萩ものがたり第31集)、『絵図学入門』(共著、東京大学出版会)などがある。

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