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山口市

国宝瑠璃光寺五重塔

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大内文化の最高傑作と明治維新の策源地を巡る

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大内氏の時代に京都を模したまちづくりを進め、「西の京」として栄華を極めた山口市と、幕末に長州藩の藩庁が置かれたことで高杉晋作、久坂玄瑞、木戸孝允ら多くの志士が訪れ、天下の大事を語り合い、「明治維新の策源地」として、討幕運動と維新の変革を成し遂げるうえで大きな役割を果たした山口市。この2つの時代の代表的な史跡に当時に想いを馳せながら歩くコース。

①JR新山口駅 ②国宝 瑠璃光寺五重塔(香山公園内) ③枕流亭(香山公園内) ④鴬(ウグイス)張り石畳 ⑤洞春寺 ⑥旧山口藩庁門

  • ①JR新山口駅

    湯田温泉にお泊りのお客様は、新山口駅に着いたら荷物預けて手ぶらで観光。預けた荷物は宿で受け取ることができます。(対象となる宿泊施設は下記でお尋ねください)
    場所:JR新山口駅観光案内所(2階新幹線改札横)083-972-6373
    受付時間:9時~14時
    料金:無料
    新山口駅→(電車)→山口駅→(バス)→香山公園五重塔前バス停下車すぐ

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    国宝 瑠璃光寺五重塔(香山公園内)

    1442年に建立された大内文化の最高傑作であり日本三名塔のひとつに数えられています。桜、新緑、紅葉、雪景色と四季を通して優雅な姿を見ることができ、また、夜は22:00まで毎日ライトアップされています。(入園無料)

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    ③枕流亭(香山公園内

    幕末に木戸孝允、大久保利通、西郷隆盛らが薩長連合の密議を行った枕流亭。当時は道場門前にあった安部半助方の枕流亭の2階で会見し、盟約がなって、幕府を倒す連合討幕軍の結成を誓いました。枕流亭は、その後2、3度移築され、近年修理されてこの地に移されました。
    普段は開放されており、自由に建物内に上がることができます。

    毛利敬親公の偉業を称えた勅撰銅碑

     

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    ④鴬(ウグイス)張り石畳(参考)

    毛利敬親ら幕末以後の歴代毛利藩主の墓があり、その参道の石畳で手を叩いたり靴音を鳴らすと前方の石段に反響して妙音を発する。これは、計算されて設計されたものではなく、偶然そのようになったと言われている。参道にはもっとも反響する場所に立ち位置を示す印がついているので探してみよう。

    露山堂(香山公園内

    露山堂は、幕末の長州藩主・毛利敬親が茶事を口実に家臣たちを身分を問わず招き、討幕の策を練った茶室。もともとは藩庁を萩から山口(今の県庁の場所)に移した際に建てられた茶室で明治24年にこの場所に移築された。

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    洞春寺

    大内氏に代わってこの地を治めた毛利元就の菩提寺。創建当時のまま残る山門や禅宗様建築として有名な観音堂はいずれも国の重要文化財に指定されている。
    また、洞春寺本堂の柱には幕末に長州藩士たちが付けたとされる刀傷が今も残っています。

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    旧山口藩庁門

    文久3年(1863年)に長州藩主・毛利敬親は萩から山口(今の県庁の場所)へ藩庁を移しました。当時の藩庁は堀や砲台を備えた西洋式の八稜郭で、現在は堀と土塁の一部、そしてこの藩庁門が残り、往時の雰囲気を今に伝えます。
    藩庁の山口移鎮がきっかけとなり山口で木戸孝允、西郷隆盛、大久保利通、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、井上馨、坂本龍馬、大村益次郎ら多くの志士が天下の大事を語り合いました。

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