幕末維新ゆかりの地

玉乃世履墓ー タマノヨフミハカ ー

玉乃世履墓

玉乃世履は、幕末の岩国吉川藩の家臣です。主命により京都に遊学した玉乃は一流の学者に学ぶ一方、勤王の志士とも交流を深めました。岩国に帰郷してからは儒学者として活躍しつつ西洋兵学にも注目して地元で農兵を組織し洋式訓練を施し、この農兵が後の四境戦争芸州口の戦いで幕府軍撃退に戦功を立てたことから、長州藩から恩賞を与えられています。
 維新後、上京し新政府に出仕した玉乃は、近代日本法曹界の先覚者として大審院長、司法大輔などの要職を歴任し、治罪法、陸軍刑法、民法の審査や編纂にも従事しました。
 公平で温情ある裁きから世人から「今大岡」と呼ばれた玉乃でしたが、明治19年8月8日、突然のそして謎の自殺を遂げました。享年62。墓は谷中霊園甲9号17側に、碑は隣接する天王寺墓地にあります。

マップ

所在地

東京都台東区谷中7丁目

交通アクセス

  1. JR山手線・京浜東北線日暮里駅から徒歩

問合せ先

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