幕末維新ゆかりの地

遠藤謹助墓ー エンドウキンスケハカ ー

遠藤謹助墓

麟祥院は、徳川三代将軍家光の乳母春日局の菩提寺としても知られています。
 局はここで余生を送り、その没後境内に墓地が造られました。
 当時はお寺の周囲にカラタチの生垣をめぐらせていたので、からたち寺と呼ばれていたそうです。
 長州ファイブの一人遠藤謹助の墓もこの中にあり、遠藤の墓石に刻まれた文字は、共に英国で苦労した長州ファイブの一人である伊藤博文によるものです。
遠藤謹助は、慶応2年に帰国後、藩主毛利敬親・元徳父子と英国艦隊司令官キング提督との会見で通訳を行うなど、外交官的な役割を果たしました。
 維新後は、明治政府に出仕し、造幣権頭へ昇進。後に、大阪の造幣局長となり、外国人技師に頼らずに洋式新貨幣の鋳造に成功しました。
 また、造幣局の桜並木を「通り抜け」として開放したのも遠藤が提唱したことです。

マップ

所在地

東京都文京区湯島4-1-8

交通アクセス

  1. 東京メトロ千代田線湯島駅1番出口、3番出口から徒歩

問合せ先

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